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消費者金融(サラ金)情報 >> 消費者金融情報 >> 働かなくてもお金が欲しい
働かなくてもお金がほしいとは、思ったことはありませんでした。

働いて、お金をいただくものだとずっと思っていました。
違う考えた方の国もあるみたいです。

ご一読下さい。

BABY NIKKAN 2007年06月18日

働かなくてもお金が欲しい!今、ブダペスト市のブダ側で暮らしている。
住まいからスーパーまで行く途中に教会と公園があり、
老人たちがよくチェスを楽しんでいる姿を見かける。

そしてその一角に数面のテニスコートもある。

夏の日差しをいっぱいに浴びて、
働きざかりの人たちが終日テニスをしている。
よく見ると、顔ぶれはいつも決まっていて、
少なくとも、プレーしている数名は大手の銀行員だ。
なぜそれがわかるかというと、
フェンスにその銀行のフラッグがかけてあるからだ。

自国資本の産業がほとんどない国でも、
人々の暮らしに「勝ち組」と「負け組」の差が激しく出ていることは
すぐに理解できる。


「負け組」が、その銀行の消費者金融部門で、
長い列を作っている光景を日常的に見ることができる。

「勝ち組」は、毎日テニスをしたり、
イギリス式のパブレストランに出入りして、
生活をエンジョイしている。

先日、ハンガリー人の友人(女性)にこんな風な質問をしてみた。

   あなたなら、次のどれを選択するか。
      1.働かなくてお金をもらいたい。
      2.働かなくてお金ももらわない。
      3.働いてお金をもらいたい。
      4.働いても金をもらわない。

彼女は、1を即答した。
その理由を聞いてみると、彼女は、

   働かなくて、お金がもらえるんだったら最高です。

と、真顔で答えた。

では、あなたが働かないでもらったお金は、
あなた以外の誰か別の人の労働から生まれたお金ですよね。

私がそう返すと、

   でも、私はやはり働かないでお金がもらえたら
   うれしいですね。

彼女との会話はそれ以上進みようがなかった。

たぶん、私と彼女とでは労働観が違うのだろう。
彼女の考え方を、旧社会主義のハンガリーという国の
多数の労働観だとは、断定はしたくないが、
しばらくこの国に住んでいて、
労働をかなりネガティブに見る考え方が浸透していることに気づく。

そう言えば、スーパーなどで客に対する態度は
本当にそっけなく、いやいや仕事をしている態度、
投げやりな態度でうんざりする。

労働なんて、お金を儲ける手段に過ぎない。
お金があれば、働かない。
だから、働かないでお金をもらえるのは最高だ、となる。

働くことがこういう理解だと、
彼らの無愛想も投げやりな態度も理解できるかも知れない。

ベラーというアメリカの宗教社会学の学者がいる。
彼は、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と
資本主義の精神」を読みつつ、
似た状況を日本の江戸時代にあることに気づいた。

石田梅巌の心学や近江商人の哲学といった江戸時代の宗教的価値体系が、
プロテスタントたちの倫理性が果たしたように、
一種の経済倫理として機能していることに着眼した。
そしてこの研究は、ベラーの博士論文「徳川時代の宗教」として実った。

この倫理観が日本の産業革命の成功の原動力とされるだけでなく、
現代の企業倫理を考えるときにも役立つ思想であると思う。
とりわけ、企業不祥事の続く中、
企業の社会的責任を検証するときには、

   「二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、自死すること多かるべし」
   「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり」

などという思想が非常に役立つ。

ハンガリーの友人の「働かず金をもらいたい」という
あっけらか~んとした考えでは、
心学の精神にそむくのは言うまでもない。

ここ2年ほどハンガリーの経済成長は鈍化している。
その理由はさまざまに分析できるだろうけど、
もしこうした考えが社会の基調にあるとしたら、
残念だけど、この国の先は見えているというべきだろうか。


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